「理学データベースの構築促進と体制の整備に向けて」

第1章 理学各分野におけるデータベースの歴史と現状

1-4  地球物理学分野

(1) 地球物理学データの歴史と特徴
(1.1) 地球物理学データの意義
 地球は誕生以来46億年をかけて1つの方向へ進化してきた.日周変化・年変化や氷河・間氷期などの繰り返されるように見える変化も繰り返し毎に異なっていて,地球が全体として同一状態にあったことは嘗て一度もなかった.年々歳々花相似ても花も自然も少しずつ移ろっていくのが地球の常態であった.したがって,長期間にわたる地球進化の記録を集めて分析し,過去を知り未来を予測することは,人類が生存し続けるために常に行うべき必須の作業になる.このことは,人為的原因で自然環境が変化しつつあり,人間の生産・消費活動の制御が必要とされる今日,とりわけ重要であり,地質学や生物進化のデータと共に地球物理学データ蓄積の意義が強調される所以である.

(1.2) 地球物理学データ歴史;地磁気データの例
 地磁気データを例に取って,地球物理学分野のデータ利用の歴史的発展を述べる.
 磁石の指北性は紀元前から知られ,かなり早くから磁気コンパスが航海の方位測定に使われていた.正確な方位測定には,地磁気偏角(地磁気の方向の地理学的北からのずれ)を知る必要があった.コロンブスの大西洋横断(1492年)の航海日誌には偏角の航路上での変化が正確に記されていて,当時の地磁気分布を知るための貴重なデータを提供している.ハレー彗星で有名なイギリスの天文学者Edmond Halleyは,英海軍の依頼により1701年に偏角等値線世界地図を作ったが,これは,この頃既に世界各地で偏角のデータが蓄積されていたことを示している.数学者C.F. Gauss(1777-1855)は,自らが考案した磁力計を用いて汎世界的地磁気観測を指導し,得られたデータを球関数解析して,地球磁場を内部起因,外部起因の場に分け,地磁気成因の大部分が地球内部にあることを証明した.19世紀前半にイギリス・フランスを中心とするヨーロッパで,後半にはインドや中国で,地磁気定常観測が開始された.最初は1,2時間ごとの目視観測であったが,やがて磁針に付けた小鏡に光をあて反射光を回転印画紙に記録する自記磁力計による連続観測に移行していった.ムンバイ(ボンベイ)と上海では1870年代からの古データが蓄積されている.
 セルシウスが摂氏温度を提案したのは1742年であったから,温度計による気温の測定もそのころに始まったと考えてよいであろう.

(1.3) 過去に遡るデータ収集
 上述のように近代科学の測定器による観測(測器観測)は,18-19世紀に始まった.地球進化の様相を知るには,それ以前のデータも重要であり,古文書,考古学資料,木の年輪,残留岩石磁気,氷床・湖底・海底ボーリングコア,断層,地質学資料などから,古データの復元・収集が図られている.

(1.4) アナログデータの収集・保存とデジタル化
 デジタルデータ取得はたかだか20年位前に始まったに過ぎず,測器観測開始後それまでは,時間変化を記録紙上に記録するアナログ観測が主であった.地球物理学のそれぞれの分野で1世紀以上のアナログデータが蓄積されており,世界各地に散在する古い測器データが破壊散逸しないように収集保存する努力が今も続けられている.また,厖大なアナログデータの解析のためには,まずそれらを計算機可読形へ変換しなければならぬという大きな問題をかかえている.

(1.5) 国際共同観測からのデータ
 地球物理学における汎世界的国際共同観測の必要性は早くから認識されており,1882-83年に極地域における気象・地磁気・オーロラを共同観測する「第1回極年」が設定されて11カ国が参加した(観測点は,北極域に12点,中低緯度に約30点).この時,日本では東京での地磁気毎時観測が始まった.その50年後(1932-33年)には,気象・地磁気・オーロラ・電離層観測を目的として「第2回極年」が実施され,44カ国が,110点での観測に参加した.更に25年後の1957-58年には,第2次世界大戦後最初の大型国際観測事業として国際地球観測年(IGY)が実施された.観測対象は,気象・地磁気・オーロラ・電離層・大気光・太陽活動・宇宙線・緯度・経度・氷河・海洋・ロケット・人工衛星・地震・重力・大気放射能に増え,66カ国が4000点での観測に参加した.IGYをモデルとして,その後もいくつかの国際共同観測(国際静穏期太陽年観測計画,国際太陽活動期観測計画,国際磁気圏観測計画,国際中層大気観測計画,国際太陽地球系エネルギープログラム等)が実施された.

(1.6)  世界資料センター(World Data Center : WDC)
 IGYでは,共同観測の他に,「情報伝達,警報発令のための世界通信」と「観測資料の集積・利用のための世界資料センター設置」に重点が置かれた.日本は,「西太平洋地域警報センター」を担当し,また,地磁気(京大理学部)・大気光(東大天文台)・電離層(郵政省電波研究所)・宇宙線(理化学研究所)・大気放射能(気象庁)の5WDCを設置することになった.その後の増設により,現在,下記の8WDCsが存在する.WDCシステムは太陽・地磁気・電離層・気象・海洋・地震・測地・氷河など地球物理学・太陽地球系物理学の全分野をカバーしているが,日本の8WDCは,WDC for Nuclear Radiationを除く7つまでが地球電磁気学・太陽地球系物理学分野に関係している.これは,この分野が,気象学・海洋物理学・地震学・測地学・火山物理学における気象庁・海上保安庁・国土地理院のようなデータ収集提供を担当する組織を持たないという事情に起因している.
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WDC for Geomagnetism   京都大学理学部研究科地磁気世界資料解析センター
WDC for Airglow 国立天文台
WDC for Cosmic Rays 名古屋大学STE研/茨城大 (理化学研究所から移管)
WDC for Ionosphere 郵政省総合通信研究所(元電波研究所)
WDC for Nuclear Radiation 気象庁  
WDC for Solar Radio Emissions 国立天文台(名大空電研究所から移管)
WDC for Space Science      宇宙科学研究所
WDC for Aurora 国立極地研究所

 1968年には,国際学術連合会議(ICSU)に,Panel on World Centersが置かれ,以後,各国のWDCはこのパネルにより統括されている.1969年には,WDCはデータの収集配布をするデータセンターと同時に解析センターの機能を果たすべきことが決められた.最近では,環境関係のWDCが増加している.

(1.7) 人工衛星データ
 1957年のスプートニク1号に始まる飛翔体観測は,地球周辺宇宙空間から,月・惑星,惑星間空間,太陽系外縁部へと観測領域を広げてきた.宇宙空間や惑星の現場直接観測データを持つことにより地球物理学は,比較惑星学,太陽惑星系物理学へと発展した.また,「宇宙から地球を見る」リモートセンシングによる気象,海洋,測地,オーロラ等のデータ(主に画像データ)が提供されるようになった.データ量も1テラバイト/衛星程度が普通になり,衛星数も増えつづけて, データの種類と量が飛躍的に伸びている.
 カーナビゲーションに用いられるGPS衛星の電波は,地震予知や測地学研究のための微少地殻変動検出や電離層観測にも利用されている.日本の観測点は1000点を超え,その密度は世界で最も高い.

(1.8)  リアルタイムデータ
 明日の天気を予報するには今日の気象データを全世界から集めねばならない.地震直前の新幹線列車減速には秒を争う地震波検知が必要である.磁気嵐時の人工衛星電子回路破壊や誘導電流による地上送電線事故を防ぐには,太陽面・惑星間空間・地球磁気圏電離圏の実時間連続監視が必要である.このような理由で,リアルタイムデータの重要性が増しており,かなりの飛翔体・地上観測リアルタイムデータがweb上で公開されている.

(1.9)  インターネットの普及
 ここ10年で急速にインターネットが普及し,世界各地のwebでデータが公開されてインターネットによるデータ流通が普通になった.以前には手紙によるデータ請求から始まって解析まで半年-1年かかったデータ解析が数10分で出来るようになった.各種のデータを比較検討しながら試行錯誤的にアイデアを確かめていく地球物理学の解析において,これは革命的変化と言って良く,従来の研究スタイルを一変させた.生起中の現象をリアルタイムデータで見ながらe-メイルで議論が始めることも珍しくなくなってきている.

(1.10) 計算機シミュレーションとデータの結合
 計算機シミュレーションの進歩により,実際に生じている現象をシミュレート出来るようになっってきた.現在の多点データを初期値として,或いは,過去から現在までのデータの時間変化に基づき,未来を予測することが可能になってきた.その為にも汎世界的データの迅速な蓄積とデータベース化の重要性が増している.

(1.11) データの加速度的増加,多種多様化
 地球環境問題の重要性が高まるにつれ,地表と宇宙空間における観測の種類,密度,時間分解能が年々増加し,生み出されるデータの種類と量が加速度的に増加している.

(2)  地球物理学データベース構築の組織
 地球物理学観測は下記の組織で行われており,データもそれぞれの組織から公開されている.
(詳細は資料1,2を参照).

(2.1)  国内
(a) 文部省以外の省庁の組織: 気象庁(気象,海洋,地震,火山,地磁気),海上保安庁水路部(海洋,地磁気,重力),国土地理院(測地,地磁気),防災科学技術研究所(地震),海洋科学技術センター(海洋,固体地球),宇宙開発事業団(地球観測),工業技術院地質調査所(地質,地磁気),通信総合研究所(宇宙天気,大気),水産庁(海洋)等
(b) 文部省国立共同利用研究所: 宇宙科学研究所(天文,太陽,惑星,地球),極地研究所(超高層,気水圏,固体地球,生物),国立天文台(太陽,天文,測地)等
(c) 大学付置研究所: 東大地震研究所・海洋研究所,名大太陽地球環境研究所,京大防災研究所・超高層電波科学研究センター等
(d) 大学学部・付属研究施設
(e) 上記の8つのWorld Data Center.

(2.2) 国外
米国:
NASA(米国航空宇宙局): National Space Science Data Center(WDC for Rockets And Satellitesを運営)
NOAA(米国海洋大気局): NGDC(National Geophysical Data Center; WDC for Solar Terrestrial Physics, WDC for Solid Earth Geophysics を運営), NCDC(National Climatic Data Center; WDC for Meteorology を運営), NODC(National Oceanographic Data Center; WDC for Oceanography を運営)等.
USGS(米国地質調査所): National Earthquake Information Center
その他の研究所・大学の研究部門や観測プロジェクト毎のホームページ.
その他の国:
 米国ほどには整っていないが,対応するデータ組織がある国が多い.例えば,NOAA-NODCに対して英国BODC,オーストラリアAODC,日本JODCがある.また,約50のWDCが,気象・海洋・氷河・放射能・重力・地震・環境・地磁気・電離層・オーロラ・夜光・宇宙線・宇宙科学・太陽電波・太陽黒点などのデータを提供している.

(3)  地球物理学データベースの問題点
 爆発的に増加し流通する地球物理学観測データを処理する体制の整備が追いつかず,関係省庁や研究所,大学の現場では対応に苦慮している.最大の問題は,国家としても研究の現場でも,データの重要性の認識が十分でなく,その結果として,ポストや経常運営費不足などが生じていることである.特に,最近では,資金が時流に乗った研究や短期間で成果が出そうな研究に回され,データベース構築のような地味な長期的事業には来なくなる傾向が強まっている.また,地球物理学データベースの構築には,研究者と情報専門家の協力が必要であるが,大学や国立研究所には情報専門家のポストが無く,研究者に大きな負担がかかって日本からのデータ情報の発信に支障が出ている.
地球物理データの問題は,測地学審議会,学術会議の地球物理学関連研究連絡委員会,関係学会などで議論されてきた.それらの議論の内容を示すものとして,測地学審議会建議(平成7年6月)「地球科学における重点課題とその推進について」(データ問題関係部分抜粋)と第16期地球物理学研究連絡委員会で纏めた報告「地球物理学データ処理体制の整備」を資料3に載せる.